ラック色素


1.食品添加物名

ラック色素(ラックカイガラムシから得られた、ラッカイン酸類を主成分とするものをいう。)

2.基原、製法、本質

カイガラムシ科ラックカイガラムシ(Laccifer lacca KERR)の分泌する樹脂状物質より、室温時~熱時水で抽出して得られたものである。主色素はラッカイン酸類である。

3.主な用途

着色料

4.安全性試験成績の概要

(1)反復投与試験

13 週間反復投与試験

F344 ラットを用いた混餌投与(0.3130.6251.252.55%)による 13 週間反復投与試験を行った。その結果、組織学的に耳下腺の肥大及び腎における石灰沈着が認められた他は、特に、体重、摂餌・摂水量、血液学的検査、血液生化学的検査及び臓器重量に顕著な変化は認められなかった。耳下腺の肥大については、雌雄ともに 2.5%以上の投与群で認められた。また、腎における石灰沈着については

、雄では 1.25%以上の投与群で見られており、雌では対照群(1/10 例)及びすべての投与群で認められた。1)


78 週間反復投与試験

F344 ラットを用いた混餌投与(0.313%1.25%5%被験物質摂取量としてそれぞれ雄 1365622270 /㎏体重/日、雌 1696902820 /㎏体重/日))による 78 週間反復投与試験を行った。その結果、投与と関連して耳下腺の肥大及び自然発生病変である腎の石灰沈着の程度が強く現れたが、壊死性、炎症性及び増殖性病変の発現は認められなかった。また、体重、摂餌・摂水量、血液学的検査及び血液生化学的検査に顕著な変化は認められなかった。耳下腺の肥大については、雌雄ともに 5%投与群の全例で見られた。腎における石灰沈着について、その程度を

、所見なし、軽微、軽度、中等度、強度に分類して発現個体数を調べたところ、雄において、対照群では軽微 1/20 例、0.313%投与群では軽微 1/17 例、軽度 1/17

1.25%投与群では軽微 6/20 例、軽度 1/20 例、5%投与群では軽微 12/19 例、軽度 5/19 例であった。雌において、対照群では軽微 11/15 例、軽度 4/15 例、0.313

%投与群では軽微 11/18 例、軽度 7/18 例、1.25%投与群では軽微 7/18 例、軽度 9/18 例、中等度 2/18 例、5%投与群では軽度 3/19 例、中等度 14/19、強度 2/19 例であった。雌雄ともに、用量依存的に発生個体数の増加及び石灰沈着の程度の増強

が認められた。2)


78 週間の反復投与試験で認められた耳下腺の肥大について、毒性学的意義を確認するために雄の F344 ラットを用いた混餌投与(5%)による 2 週間及び 4 週間反復投与試験を行い耳下腺の微細構造を透過型電子顕微鏡で観察した。その結果、 2 週間の投与では、核膜の変形と濃縮傾向、分泌顆粒の形状不整、膨化及び限界膜消失、ミトコンドリアの空胞化が見られた。4 週間の投与では、核小体の凝集を伴う著しい核濃縮、分泌顆粒の限界膜消失、粗面小胞体の内腔拡張、ミトコンドリアの崩壊が見られた。ラック色素は腺房細胞の機能に影響を与えると考えられた。3)

既存添加物の安全性見直しに関する調査研究班では、78 週間反復投与試験における腎の石灰沈着の用量相関性に関して、石灰沈着の発現個体数と用量に線形傾向があるか否か検定するため傾向検定(Cochran-Armitage test)、石灰沈着の程度が対照群と投与群との間に差があるか否かを検定するため Mann-Whitney U testを実施した。両検定とも有意水準は 5%とした。傾向検定の結果、雌雄ともに、腎の石灰沈着の発現個体数は用量と有意に線形傾向があると考えられた(P<0.001

Mann-Whitney U test の結果は、雌雄ともに 0.313%投与群では有意差が認められなかったが、1.25%投与群及び 5%投与群において石灰沈着の程度が有意に高度であることを示した。

以上の結果から、腎の石灰沈着の発現個体数は用量依存的に増加し、かつ、その程度が強くなると結論し、本試験におけるラック色素の無毒性量は雄で 136 mg/kg 体重/日(0.313%)、雌で 169 mg /kg 体重/日(0.313%)と考えられた

(3)遺伝毒性試験

ラック色素の細菌(TA97, TA98, TA100, TA102)を用いた復帰突然変異試験は

5,000 µg/プレートまで試験されており、S9mix の有無にかかわらず、全て陰性であった。4) ラック色素及びラッカイン酸のチャイニーズハムスター肺由来細胞

CHL/IU)を用いた染色体異常試験においては、S9mix 非存在下での長時間処理

24, 48 時間)で 2.0 mg/mL まで試験が行われたが、何れも染色体の構造異常の誘発が観察された。5) ラッカイン酸のマウスの骨髄を用いた小核試験では、1020 mg/kg の用量で 1 回腹腔内投与し、投与 24 時間後に観察を行ったが、小核の誘

発は観察されなかった。6) ラック色素のチャイニーズハムスターを用いた骨髄での染色体異常試験では、50010002000 mg/kg の用量で 1 回経口投与し、投与 2448 時間後に観察を行ったが染色体異常の誘発は観察されなかった。7)

以上の結果から、ラック色素は in vitro において染色体異常誘発作用が認められたが、in vivo 小核試験、in vivo 染色体異常試験では何れも陰性であったことから

、生体にとって特段問題となる遺伝毒性は無いと考えられた。


(4)その他の試験

ヒト乳がん由来細胞(MCF-7)の増殖活性を指標に、ラック色素のエストロゲン作用を調べたところ、1%(10g/mL)~10%(100g/mL)の濃度において増殖亢進

が認められたと報告されている。8)100g/mL では細胞増殖倍率が対照群に比較して

1.8 倍(180%)であり、そのモル濃度はラッカイン酸の平均分子量を 500 と仮定して 2×10-4Mと見積もっている。

同様の試験系を用いて化学物質のエストロゲン作用を報告している Han らの報告では 9)17β-estradiol10-10M )において 220%Ethynylestradiol10-8M)において 260%Bisphenol A10-8M )において 210%である。これら既知のエストロゲン作動物質の値と比較すると、ラック色素のエストロゲン作用は、17β-estradiol200 万分の 1Ethynylestradiol 及び Bisphenol A 2 万分の1である。ラック色素のF344 ラット78 週の反復投与毒性試験における最高濃度の5%混餌投与群の被験物質摂取量は、雄:2,265.4 mg/kg 体重/day、雌:2818.1 mg/kg 体重/day であり 2)

、全身に均一に分布した場合のラック色素の暴露濃度は 0.23%~0.28%と計算されることから、in vitro 1%の濃度は in vivo における暴露濃度の 3.6 倍~4.3 倍である。また、ラットを用いた 13 週および 78 週の反復投与毒性試験において子宮、乳腺等への変化は認められていない。1,2)

以上より、ラック色素のエストロゲン作用は極めて弱いこと、ヒトにおいてはエストロゲン作用が認められる濃度での暴露は想定されないことから、ヒトに対する安全性の懸念はないと結論される。

5.検討結果

これらの試験成績からは人の健康影響に対する懸念は認められなかった。


(引用文献)

1.坂本義光等:ラック色素の F344 ラットによる 13 週間毒性試験、東京都立衛生研究所年報、49255-266, 1998

2.坂本義光等:ラック色素の F344 ラットによる長期毒性試験、東京都立衛生研究所年報、51311-316, 2000

3.福森信隆等:ラック色素投与時のラット耳下腺組織における微細構造の観察、東京都立衛生研究所年報、48342-344, 1997

4.藤田博等:天然食品添加物の Ames 試験における変異原性、東京都立衛生研究所年報、47309-313, 1996

5.石館基等:食品添加物(天然を含む)の変異原性、サイエンスフォーラム刊「変異原と毒性」4No.5):10-191981

6.林真等:厚生省等による食品添加物の変異原性評価データシート(昭和 54 年~平成 10 年度分) Environ. Mutagen. Res.2222-44, 2000

7.吉田誠二等:天然食品添加物のチャイニーズハムスターにおける染色体異常誘発性の検討、東京都立衛生研究所年報、48342-344, 1997

8.藤田博等: 天然食品添加物のヒト乳がん由来 MCF-7 細胞の増殖に与える影響. 東京都健康安全研究センター年報、56: 339-341, 2005.

9 Han DH, Denison MS, Tachibana H, Yamada K., Relationship between estrogen receptor-binding and estrogenic activities of environmental estrogens and suppression by flavonoids. Biosci. Biotechnol. Biochem. 66(7):1479-87, 2002