マスチック(421)

1.食品添加物名
 マスチック(ヨウニュウコウの分泌液から得られた、マスチカジエノン酸を主成分とするものをいう。)

2.基原、製法、本質
 ウルシ科ヨウニュウコウ( Pistacia lentiscus LINNE)の分泌液より、低沸点部を蒸留により除去し、熱時エタノールで抽出し、エタノールを留去して得られたものである。主構成成分はマスチカジエノン酸である。

3.主な用途
 ガムベース

4.安全性試験成績の概要
(1)90 日間反復投与試験
 F344 ラットに検体0.22、0.67、2%の濃度で飼料に混入し、90 日間反復投与試験を行った。その結果、動物の死亡は認められず、一般状態及び摂餌量に変化は認められなかった。雄2%群及び雌0.67%群以上で体重増加抑制が認められた。投与に関連した変化として、血液学的検査において、雄の0.67%群以上で血小板の増加が、2%群において白血球増加が認められた。血液生化学的検査においては、雄0.67%群以上でTP 及びALB 増加、TG 減少が、雄2%群でALP、TC 及びCa の増加が認められた。雌の0.67%群以上でP の減少と-GT 及びTC の増加が、2%群でTP 及びBUN増加が認められた。臓器重量については、肝臓の絶対及び相対重量の増加が雌雄とも0.67%群以上で認められた。病理組織学的検索では、投与に相関した所見は認めなかった。
 以上より、無毒性量は雌雄とも0.22%(雄120 mg/kg 体重/日、雌132 mg/kg 体重/日)と考えられた。 1)

(2)慢性毒性・発がん性併合試験
 F344/DuCrlCrlj ラットを用いた混餌(0.07、0.2、0.6%)投与による52 週間反復投与毒性試験では、いずれの群でも死亡は認められず、一般状態、摂餌量、眼科学的検査、尿検査及び肉眼的病理検査において、被験物質の投与に関連すると考えられる変化は認められなかった。血液学的検査では、雄の0.2%群以上及び雌の0.6%群において血小板の増加が、雄の0.6%群において赤血球、HGB及びHTC の減少が見られ、血液生化学的検査では、雌の0.2%群以上で γ -GT の有意な高値が、雌の0.6%群でTC の増加が認められた。臓器重量では、0.2%群以上で雄の肝臓の相対重量の高値及び雌の脾臓の相対重量の低値が認められ、0.6%群で雌雄の肝臓の絶対重量及び雌の相対重量の有意な高値、並びに雌の脾臓の絶対重量の低値が認められた。病理組織学的検査では、雄の0.6%群で肝臓の小増殖巣の発生が対照群と比較して有意に増加した。
 F344/DuCrlCrlj ラットを用いた混餌(0.07、0.2、0.6%)投与による104 週間発がん性試験では、第41 週に雄の0.6%群で1 匹の死亡が認められた後、各群で死亡あるいは切迫屠殺動物が散見されたが、投与終了時の生存率は、雌雄とも群間に差異は認められなかった。一般状態、摂餌量及び肉眼的病理検査では、被験物質の投与に関連すると考えられる変化は認められなかった。体重では、雄の0.2%群以上で継続して有意な低値若しくは低値傾向が認められ、被験物質の投与の影響と考えられた。臓器重量では、雄の0.6%群並びに雌の0.2%群以上で肝臓の絶対重量及び相対重量が有意な高値を示した。また、雌の0.6%群で腎臓の絶対重量及び相対重量の高値が見られた。病理組織学的検査では、雄の0.2%群及び0.6%群で肝臓の変異肝細胞巣の有意な発生増加若しくは増加傾向、雌の投与群の全てで胆管増生の有意な発生増加が認められたが、腫瘍性病変の発生増加は認められなかった。

 以上より、慢性毒性試験では、0.2%群以上で雄の血小板の増加、雌のγ-GT の有意な高値及び雄の肝臓相対重量の高値及び雌の脾臓相対重量の低値が認められ、発がん性試験においても0.2%群以上で雌の肝臓の絶対重量及び相対重量の高値が認められたことを考慮して、無毒性量は、雌雄とも0.07%(雄31.6 mg/kg
体重/日、雌39.5 mg/kg 体重/日)であると判断された。
 発がん性試験では、いずれの器官及び組織に対しても明らかな発がん性は認められなかったが、慢性毒性試験では雄の0.6%群で変異肝細胞巣の増加が認め
られたほか、発がん性試験では雄の0.2%以上の群で体重の継続的な低値及び変異肝細胞巣の増加あるいは増加傾向、雄の被験物質投与群全てで胆管増生の増加が認められた。したがって、本試験条件下では肝臓に対する毒性学的影響が認められたが、明らかな発がん性は認められなかった。 2)

(参考情報)
 6 週齢のF344 雄ラットを用いて、ラット肝中期発がん性試験(伊東法)が行われている。200mg/kg のDiethylnitrosamine(DEN)を腹腔内投与し、2 週間後にマスチックを0、0.001、0.1 及び1%の濃度で混餌投与した。3 週目に2/3 の肝部分切除を行い、8 週間まで投与した。その結果、用量依存的に肝重量が増加した。GST-P陽性細胞巣の観察面積あたりの数と範囲は1%処置群で増加した。
 BrdU とGST-P の免疫二重染色の結果、1%処置群のGST 陽性細胞巣中で、BrdU標識細胞が最も高かった。8-OHdG 量には差がみられなかった。
 以上の結果より、本試験条件において1% (521 mg/kg 体重/日)の群でマスチックが発癌プロモーション作用を有することが示唆されている 3) が、慢性毒性・発がん性併合試験で発がん性が認められていないこと及び遺伝毒性試験で生体にとって特段の問題となるものではないと考えられることから、本試験結果についても生体にとって特段の問題になるものではないと考えられる。
 
(4)遺伝毒性試験
 細菌(TA98、TA100、TA1535、TA1537、WP2 uvrA )を用いた復帰突然変異試験は、5000 μg/plate まで試験されており、代謝活性化の有無にかかわらず陰性であった。 4)
 哺乳類培養細胞(CHL/IU)を用いて、細胞毒性の認められる濃度まで染色体異常試験を行った結果、代謝活性化系存在下においてのみ統計学的に有意な染色体異常の誘発が認められたが、その出現頻度は6%と低くかった。 5)
 マウスの骨髄を用いた小核試験は、限界用量である2000 mg/kg まで試験されており、いずれの用量においても小核の誘発は認められなかった。 5)
 したがって、 in vitro で認められた染色体異常誘発性は in vivo 試験系においては確認されず、生体にとって特段の問題となるものではないと考える。

5.検討結果
 これらの試験成績からは人の健康影響が懸念されるような試験結果は認められなかった。

(引用文献)
1.鰐渕英機:厚生労働科学研究費補助金、大阪市立大学大学院医学研究科
2.玉野静光:平成23年度食品・添加物等規格基準に関する試験調査等について、(株)DIMS医科学研究所
3.Doi K:Enhancement of preneoplastic lesion yield by Chios Mastic Gum in a rat liver medium-term carcinogenesis bioassay. Toxicol Appl Pharmacol. 2009 Jan 1;234(1):135-42
4.安心院祥三:厚生科学研究費補助金、財団法人化学物質評価研究機構
5.田中憲穂:厚生科学研究補助金、財団法人食品薬品安全センター