ヘム鉄
英名: Heme iron
CAS No. 該当なし
JECFA No. 該当なし
別名: -
化学式:分子量:構造式:
1.基原・製法
ヘモグロビンをタンパク分解酵素で処理したものより、分離して得られたものである。主成分はヘム鉄である。
2.主な用途
強化剤
3.安全性試験の概要
ラット経口 LD50 2,500 mg/kg 体重 1)
6 週齢の雌雄Crl:CD(SD)ラットにヘム鉄を 0%、0.8%、2%、5%の濃度で 90 日間混餌投与し、一般状態観察、体重測定、摂餌量測定、尿検査、血液学的検査、血清生化学的検査、臓器重量測定、肉眼病理学的検査及び病理組織学的検査が実施された。
その結果、いずれの検査項目においても被験物質投与による毒性影響は認められなかったことから、本試験におけるヘム鉄の無毒性量(NOAEL)は雌雄ともに 5%
(雄:2.89 g/kg 体重/日、雌:3.84 g/kg 体重/日)と判断された 2)。
ネズミチフス菌(TA100、TA1535、TA98、TA1537)、及び大腸菌(WP2uvrA)を用い、プレインキュベーション法により、非代謝活性化及び代謝活性化条件下で復帰突然変異試験が実施された。
50.0、150、500、1,500 及び 5,000 µg/plate の 5 用量を設定して用量設定試験が実施され、その結果、生育阻害は、非代謝活性化及び代謝活性化条件下のいずれの検定菌においても認められなかった。被験物質に由来する沈殿は、非代謝活性化及び代謝活性化条件下ともに認められた。陰性対照値の 2 倍以上となる変異コロニー数の増加は、非代謝活性化及び代謝活性化条件下のいずれの検定菌においても認めら
れなかった。
用量設定試験の結果に基づき、全ての検定菌について 5 用量を設定して本試験が行われた。その結果、生育阻害は、非代謝活性化及び代謝活性化条件下のいずれの検定菌においても認められなかった。被験物質に由来する沈殿は、非代謝活性化及び代謝活性化条件下ともに認められた。陰性対照値の 2 倍以上となる変異コロニー数の増加は、非代謝活性化及び代謝活性化条件下のいずれの検定菌においても認められなかった。
以上の結果に基づき、ヘム鉄は、用いた試験系において遺伝子突然変異誘発性を有しない(陰性)と判定された 3)。
ヘム鉄の染色体異常誘発性の有無について、チャイニーズ・ハムスター細胞 (CHL/IU)を用い、短時間処理法の非代謝活性化、及び代謝活性化の両条件を設けて 試験が実施された。また、連続処理法においては、24 時間連続処理(濃度設定試験)及び 22 時間連続処理(本試験)を設けた。ヘム鉄 0.20500 g(濃度設定試験)及び
0.20078 g(本試験)に、日局注射用水を加えて懸濁させた後、10.25 mL(濃度設定試験)及び 10.039 mL(本試験)に定容して最高濃度(20 mg/mL)の被験物質調製液を調製した。
濃度設定試験では、全ての処理条件で 0.016、0.031、0.063、0.13、0.25、0.50、
1.0 及び2.0 mg/mL の被験物質処理群が設定され、その結果、全ての処理条件で50% を超える胞増殖抑制は認められなかった。また、被験物質の沈殿(処理終了時)は、全ての被験物質処理群において認められた。
本試験では、全ての処理条件で 0.016、0.031、0.063、0.13、0.25、0.50、1.0 及 び 2.0 mg/mL の被験物質処理群が設定された。その結果、全ての処理条件で 50%を超える細胞増殖抑制は認められなかった。また、被験物質の沈殿(処理終了時)は、全ての被験物質処理群において認められた。以上の結果に基づき、全ての処理条件で 0.50、1.0 及び 2.0 mg/mL を設定し、染色体分析を行った。染色体分析の結果、いずれの処理条件においても構造異常を有する細胞数及び倍数性細胞数の統計学的に有意な増加は認められなかった。なお、各処理条件の陰性対照群における構造異常を有する細胞数及び倍数性細胞数は、背景値の 95%管理限界内であった。
以上の結果より、ヘム鉄は当該試験条件下で、CHL/IU 細胞に対する染色体異常誘発作用は無い(陰性)と結論された 3)。
また、他の報告においても、染色体異常試験の結果は陰性であった 4)。
細菌を用いた復帰突然変異試験、並びに染色体異常試験の結果、ヘム鉄には遺伝毒性はないと考えられた。
遺伝毒性試験のまとめ
Ames 試験 陰性
染色体異常試験 陰性
総合判定 陰性
① 経口ばく露(介入研究)5)
献血した成人 97 名(男性 46 名(34~48 歳)、女性 51 名(35~52 歳))にヘム鉄—非ヘム鉄混合(18.4 mg Fe/人/日(豚血液由来ヘム鉄 2.4 mg Fe/人/日及びフマル酸第一鉄 16 mg Fe/人/日))又は非ヘム鉄(フマル酸第一鉄 60 mg Fe/人/日)を 3 か月間摂取させる二重盲検試験が行われた。本試験は、1 か月間を 1 期として連続した 3 期に分けて行われた。全ての被験者は無作為に後
半の 2 期のうちの 1 期にプラセボを摂取した。血清フェリチン及びヘモグロ ビン濃度に有意な差はみられなかったが、非ヘム鉄摂取群はヘム鉄—非ヘム鉄混合摂取群及びプラセボ群と比較して便秘の頻度及び全 4 症状(悪心、胃痛、便秘及び下痢)を合わせた発生頻度が高かった(Frykman et al. 1994)。
19 名の女性(18~20 歳)に牛の血球由来のヘム鉄 1.5g(30 mg Fe/人/日)を 2 か月間摂取させた結果、肝機能及びその他の生化学的指標への影響はみられなかった(斉藤 1991)。
② 経口ばく露(観察研究)5)
米国前向きコホート研究(結腸癌):米国の Iowa Women’s Health Study に参加した 34,708 名(55~69 歳)の閉経後の女性を対象にヘム鉄及び亜鉛の摂取量と結腸癌との関連が調査された。15 年の追跡期間中に 438 名の近位結腸癌及び 303 名の遠位結腸癌が確認された。食事摂取頻度調査(FFQ)によりヘム鉄(全ての肉類に含まれる鉄量の 40%として算出)摂取量を推定した。ヘム鉄摂取量により五分位群に分け、比例ハザードモデルを用いて年齢等で調整し解析を行ったところ、第 1 五分位(0.76mg/人/日以下)に対する第 5 五分位(2.05 mg/人/日以上)の結腸がん発生の相対リスク(RR)に有意な増加はみられなかったが、ヘム鉄及び亜鉛を1つのモデルで解析し相互に調整した場合には、近位結腸癌でRR は 2.18(95%CI:1.24~3.86、Ptrend=0.01)であった(Lee et al. 2004)。
カナダ前向きコホート研究(結腸直腸癌):カナダの Canadian National Breast Screening Study に参加した 49,654 名(40~59 歳)の女性を対象に鉄の摂取量と結腸直腸癌との関連が調査された。16.4 年の追跡期間中に 617名の結腸直腸癌が確認された。FFQ により総鉄摂取量及びヘム鉄摂取量(肉類及び魚に含まれる鉄量の 21~69%として算出)を推定した。鉄摂取量及びヘム鉄摂取量により五分位群に分け、Cox 比例ハザードモデルを用いて年齢
等で調整し解析を行ったところ、結腸直腸癌のリスク増加に関連はみられなかった(Kabat et al. 2007)。
オランダ前向きコホート研究(結腸直腸癌):オランダのNetherlands Cohort Study に参加した 120,852 名(55~69 歳)を対象にヘム鉄の摂取量と結腸直腸癌との関連が調査された。58,279 名の男性及び 62,573 名の女性からケースコホート研究のために 2,156 名の男性及び 2,215 名の女性をサブコホートとし
て無作為に選択した。9.3 年の追跡期間中に男性では 869 名及び女性では 666名の結腸直腸癌が確認された。FFQ により鉄摂取量(ヘムを含む食品)及びヘム鉄摂取量(肉類及び魚に含まれる鉄量の 26~65 %として算出)を推定した。鉄摂取量及びヘム鉄摂取量により五分位群に分け、Cox 比例ハザードモデルを用いて年齢等で調整し男女別に解析を行ったところ、結腸直腸癌のリスク増加に関連はみられなかった(Balder et al. 2006)。
米国前向きコホート研究(メタボリックシンドローム・2 型糖尿病・心血管疾患):米国の Multi-Ethnic Study of Atherosclerosis に参加した 6,814 名(45
~84 歳)を対象にヘム鉄及び非ヘム鉄の摂取量とメタボリックシンドローム、
2 型糖尿病及び心血管疾患との関連が調査された。メタボリックシンドローム
及び 2 型糖尿病は平均 4.8 年の追跡期間中にそれぞれ 46.7 例/1,000 人-年
(3,828 名を対象)及び16.7 例/1,000 人-年(4,982 名を対象)が確認された。 心血管疾患は平均 6.2 年の追跡期間中に 8.5 例/1,000 人-年(5,285 名を対象)が確認された。FFQ によりヘム鉄摂取量(牛肉、家禽の肉、魚からの鉄摂取量の 40%として算出)及び非ヘム鉄摂取量(鉄摂取量からヘム鉄摂取量を差し引いて算出)を推定した。ヘム鉄摂取量により五分位群に分け、Cox 比例ハザードモデルを用いて年齢等で調整し解析を行ったところ、ヘム鉄摂取量の第 1 五分位(0.44 mg/人/日以下)に対する第 5 五分位(1.07 mg/人/日以上)のハザード比( HR ) は心血管疾患で 1.45 ( 95%CI : 0.96 ~ 2.18 、 Ptrend=0.02)であった。また、解析の対象を赤肉由来のヘム鉄にしたところ、ヘム鉄摂取量の第 1 五分位( 0.18 mg/人/日以下)に対する第 5 五分位
(0.59mg/人/日以上)の HR はメタボリックシンドロームで 1.25(95%CI: 0.99~1.56、Ptrend=0.03)及び心血管疾患で 1.65(95%CI:1.10~2.47、 Ptrend=0.01)であった。2 型糖尿病との関連はみられなかった(de Oliveira Otto et al.2012)。
EFSA(European Food Safety Authority)は 2010 年に、食品添加物としてのヘム鉄の使用について、安全性評価に利用可能なデータが不十分としているが 2)、今回の評価で用いた試験結果は新規に実施したものであり、当時の評価対象となってい
ない。
4.検討結果
ヘム鉄について、90 日間反復投与毒性試験によって得られた無毒性量(NOAEL)と推定摂取量(出荷量 60,846kg から一日摂取量 1.05mg/人と推定 6))から計算された曝露マージンは 105 であり、遺伝毒性の総合判定は陰性と判断されている。食事からの鉄の摂取により、結腸直腸癌の発生率、メタボリックシンドローム、糖尿病、心血管疾患等との関連を示唆する報告があるが(「4)、その他の項」参照)、食品安全委員会の清涼飲料水評価書「鉄」においては、一貫した傾向がみられていないことや文献数が限られていること等を理由にこれらの健康影響との因果関係は不明と判断されている。ヘム鉄を用いて実施した安全性試験の結果等からヘム鉄に質的に鉄と異なるハザードを示唆する事象や報告は確認されておらず、ヘム鉄は食品添加物としての現状の使用において、人の健康影響に対する懸念はないと結論された。
5.参考資料
EFSA Panel on Food Additives and Nutrient Sources added to Food (ANS). (2010) Scientific Opinion on the safety of heme iron (blood peptonates) for the proposed uses as a source of iron added for nutritional purposes to foods for the general population, including food supplements. EFSA Journal, 8(4): 1585.
松下幸平、豊田武士、森川朋美、小川久美子:令和元年度 既存添加物の安全性に関
する試験「ラットを用いたヘム鉄の 90 日間反復経口投与毒性試験」(最終報告書)、
2020 年
本間正充:平成 30 年度 指定添加物等の安全性に関する試験報告書、2019 年 3 月 25
日
林ら:環境変異原研究 22, 27、2000 年
食品安全委員会清涼飲料水評価書 鉄、2017 年
佐藤恭子:生産量統計調査を基にした食品添加物摂取量の推定に係る研究 その 2既存添加物品目、令和元年度厚生労働科学研究費補助金(食品の安全確保推進研究事業)「食品添加物の安全性確保に資する研究」分担研究「食品添加物の摂取量推計及び香料規格に関する研究」、2020 年