キナ抽出物
基本情報
英名: Redbark cinchona extract
CAS No.: 68990-12-5
JECFA No.: 該当なし
FEMA No.: 2282
別名: CINCHONA BARK RED EXTRACT
(CINCHONA SUCCIRUBRA PAV. OR ITS HYBRIDS)
構造式: -
1.基原・製法
アカネ科アカキナ(Cinchona succirubra PAVON)の樹皮より、水又はエタノール等で抽出して得られたものである。有効成分はキニーネ(Quinine CAS No.130-95- 0)、キニジン(Quinidine Cas No. 56-54-2)及びシンコニン(Cinchonine Cas No.118-10-5)である。
キナ樹皮に含まれる各成分の含量は以下の通り 1)。 Quinine(キニーネ) 1~3 % Quinidine(キニジン) 0~4 %
Cinchonine(シンコニン) 2~8 %
2.主な用途
苦味料等(飲料、アイスクリーム、パン等)
3.流通実態
消除対象から復活2
令和 3 年度における日添協等を対象とした生産量調査において報告がない 2)。
1 「消除予定添加物名簿の作成に係る既存添加物の販売等調査について(周知依頼)」(平成 29 年 12
月 22 日付け薬生食基発 1222 第1号)の別添 1「食品添加物として販売の用に供されていない既存添加物(案)(196 品目)」に収載
2 一度消除候補となったが、その後使用していることの申出があったことから、消除候補から除かれた。
4.安全性試験の概要
キナ抽出物としての情報はない。
キニーネ
モルモット 経口 LD50 1,800 mg/kg 3)
キニジン
ラット 経口 LD50 263 mg/kg 4)
マウス 経口 LD50 535 mg/kg 4)
シンコニン情報なし
キナ抽出物のラットを用いた 90 日反復経口投与毒性試験を実施した 5)。
被験物質は粒度の大きい不溶性夾雑物が含まれており、投与調製液が経口ゾンデを通過しなかったことから、被験物質を約 40℃で約 60 分間加温し、メッシュ(サンプルパック、栄研化学株式会社、型式:KA1000)を用いて濾過して不溶性夾雑物を除去した。濾過液中のキニーネ及びキニジン含量を測定した結果、被検物質の原体との含量の差は 5%以内であったことから、キナ抽出物の濾過液を動物試験に用いる被験物質と定義した。キナ抽出物(濾過液)を 0(媒体、注射用水)、100、300 及び 1,000 mg/kg 体重/日の用量で Sprague-Dawley 系ラットに反復経口投与した。
その結果、雌雄ともにいずれの投与群においても死亡はみられず、一般状態、体重、摂餌量、眼科学的検査、尿検査、血液学的検査、血液生化学的検査、剖検所見、器官重量及び病理組織学的検査のいずれにおいても、被験物質投与による影響はみられなかった。
以上の結果から、キナ抽出物の無毒性量(NOAEL)は 1,000 mg/kg 体重/日と判断した。
続いて、キナ抽出物に含まれるキニーネについて生殖発生に対する懸念を示唆する情報が得られていたことから(「4)その他」参照)、反復投与毒性・生殖発生毒性併合試験を実施した 6)。キナ抽出物(濾過液)を 0(注射用水)、100、300 及び 1,000 mg/kg体重/日の投与量で Sprague-Dawley 系ラットに反復経口投与し、その毒性並びに性腺機能、交尾行動、受胎及び分娩等の生殖に及ぼす毒性を検討した。また、42 日間の反復投与終了後 14 日間の休薬による毒性の回復性についても検討した。
その結果、親動物の詳細な一般状態、機能検査、握力、自発運動量、体重、摂餌量、尿検査(摂水量測定を含む)、血液学的検査、凝固系検査、血液生化学検査、ホルモン
測定(T4)、剖検所見、器官重量及び病理組織学的検査のいずれにおいても被験物質投与による影響は認められなかった。また、性周期、交配、分娩及び哺育状態、出生児の肛門生殖突起距離、出生児の生存性、性比、出生児体重、雄新生児の乳頭・乳輪数、出生児の剖検及び器官重量においても、投与による影響は観察されなかった。
以上の結果から、キナ抽出物の一般毒性に対する無影響量(NOEL)及びNOAELは、雌雄ともにいずれも 1,000 mg/kg 体重/日と判断した。また、生殖発生毒性に対する NOEL 及び NOAEL は、親動物及び児動物ともに 1,000 mg/kg 体重/日と判断した。
キナ抽出物の遺伝子突然変異誘発能の有無を検討するため、ネズミチフス菌
(TA100、TA1535、TA98、TA1537)、及び大腸菌(WP2 uvrA)を用いて、代謝活性化条件下、及び非代謝活性化条件下で、プレインキュベーション法により実施した。なお、被験物質の溶媒にはジメチルスルホキシドを用いた。被験物質は混合物のため純度 100%として試験を実施した 7)。純度換算は行わなかった。
本試験用量を設定するため、5,000 μg/plate を最高用量として以下公比 4 で 4 段階希釈した 5,000、1,250、313、78.1、19.5 μg/plate の計 5 用量で用量設定試験を実施した。その結果より、生育阻害を示した最低用量を最高用量として、非代謝活性化条件下の TA100、TA1535、TA1537 については 1,250、625、313、156、78.1、39.1
μg/plate の計 6 用量、非代謝活性化条件下の TA98 については 5,000、2,500、1,250、 625、313、156 μg/plate の計 6 用量で実施した。代謝活性化条件下の WP2 uvrA、及 び全ての菌株については 5,000、2,500、1,250、625、313 μg/plate の計 5 用量で実施した。用量設定試験及び本試験ともに本被験物質処理による復帰変異コロニー数は、代謝活性化の有無に関わらず、いずれの菌株においても陰性対照値の 2 倍以上となる増加は認められず、用量反応性も認められなかった。以上の試験結果より、本試験条件下においてキナ抽出物は、細菌に対する遺伝子突然変異誘発能を有さない(陰性)と判定した。
キナ抽出物について、キナ抽出物のほ乳類培養細胞における染色体異常誘発能の有無を明らかにするため、短時間処理法の非代謝活性化条件下、代謝活性化条件下、及び連続処理法(24 時間処理)で、細胞を用いて染色体異常試験を実施した。被験物質は混合物のため純度 100%として試験を実施した 7)。溶媒はジメチルスルホキシド(懸濁)とし、純度換算は行わなかった。
ガイドラインの上限である 2,000 μg/mL を最高用量とし、以下公比 2 で希釈した
計 7 用量を設定し、用量設定試験を実施した。その結果、非代謝活性化条件下、代謝活性化条件下、及び連続処理法でいずれも明確な細胞増殖抑制作用は認められなかった。なお被験物質添加による析出は認められなかった。したがって、本試験における
標本の観察はいずれの処理法とも 2,000 μg/mL から行った。その結果、被験物質群の染色体異常出現頻度(構造及び数的異常)は、いずれも陰性対照群と比較して有意な増加及び用量依存性は認められなかった。
陰性対照群及び陽性対照群の染色体異常出現頻度は、背景値(平均値±3 S.D.)の範囲内であったこと、かつ陽性対照群の染色体構造異常頻度が有意に増加していることから、当試験は適正に実施されたことが確認された。以上の結果より、当試験条件下においてキナ抽出物における染色体異常誘発能はなし(陰性)と判断された。
キナ抽出物における小核誘発能の有無を検討するため、マウスの骨髄細胞を用いた小核試験を実施した。被験物質は混合物のため純度 100%として試験を実施した 7)。溶媒は注射用水(懸濁)とし、純度換算は行わなかった。
投与用量 500~2,000 mg/kg を設定した用量設定試験の結果、雌雄ともに死亡例はみられず、一般状態観察、体重及び骨髄への影響はみられなかった。したがって、本試験は片性の雄のみとし、用量は 2,000 mg/kg を最高用量とし、以下公比 2 で 1,000
及び 500 mg/kg の計 3 用量を設定した。対照群には陰性対照群及び陽性対照群を設け、陰性対照群には媒体の注射用水、陽性対照群は 2 mg/kg のマイトマイシン C を用いた。投与方法は経口投与とし、各被験物質群及び陰性対照群は約 24 時間間隔で
2 回、陽性対照群は腹腔内投与で 1 回投与とした。最終投与後の約 22~23 時間後に骨髄塗抹標本を作製し、観察を行った。
その結果、被験物質群における小核を有する幼若赤血球(以下、MNIME)の出現頻度は、陰性対照群と比較して統計学的な有意差は認められず、用量相関性も認められなかった。また、全赤血球中の幼若赤血球の割合においても有意差は認められなかった。陰性対照群及び陽性対照群の小核出現頻度は社内背景データ(平均値±3S.D.)の範囲内であり、陽性対照群の MNIME の出現頻度は陰性対照群と比較して統計学的に有意な増加(P<0.01)を示したことから、本試験が適切に実施されたものと考えられた。以上の結果より、本試験条件下において、キナ抽出物はマウスの骨髄細胞に小核誘発能を有さない(陰性)と判断した。
遺伝毒性試験のまとめ Ames 試験 陰性染色体異常試験 陰性 in vivo 小核試験 陰性総合判定 陰性
キニーネを妊娠中の女性が摂取した場合の胎児に対する影響が報告されている 3)。用量:60 mg/kg、妊娠 7 週:中枢神経系、筋骨格系、肝胆道系の発達異常
用量:20 mg/kg、妊娠 4-5 週:体壁、筋骨格系の発達異常用量:27 µg/kg、妊娠 46-48 日:体壁、心血管系の発達異常
塩酸キニーネは JECFA で評価されている。ソフトドリンクでは quinine base として 100 mg/L までの濃度で使用されており、香料としての使用においては安全性の懸念はないとされている 8)。
ドイツ連邦リスク評価研究所(BfR)では、妊娠中にトニックウォーターを毎日 1リットル以上摂取していた母親から生まれた新生児に健康障害があったという症例の報告に基づき、妊娠中はキニーネ含有飲料を摂取しないよう勧告しているとの報告がある 9)。
5.検討結果のまとめ
上記の安全性試験の結果を踏まえ、現状の添加物の使用において、ヒトの健康影響に対する懸念はないと結論された。
6.参考資料
George A. Burdock: Fenaroli's Handbook of Flavor Ingredients, p289, CPC Press 2001
佐藤恭子:食品添加物の生産量統計調査を基にした摂取量の推定に関わる研究
その 2 既存添加物品目、令和 3 年度厚生労働科学研究費補助金(食品の安全確保推進研究事業)「食品添加物の安全性確保に資する研究」分担研究「食品添加物の摂取量推計及び香料規格に関する研究」、2022 年
RTECS Number: VA6020000
RTECS Number: VA4725000
北嶋聡:令和 3 年度 既存添加物の安全性に係る報告書「キナ抽出物のラットを
用いた 90 日間反復経口投与毒性試験」、国立医薬品食品衛生研究所、2022
北嶋聡:令和 4 年度 既存添加物の安全性に係る報告書「キナ抽出物のラットを用いた反復投与毒性・生殖発生毒性併合試験に係る病理組織学的検査」、国立医薬品食品衛生研究所、2023
杉山圭一:令和 3 年度 指定添加物・既存添加物の安全性に関する試験報告書、
2022 年 3 月 31 日
JECFA: Evaluation of Certain Food Additives and Contaminants. WHO Technical Report Series 837, 1993
食品安全委員会:食品安全総合情報システム、資料管理 IDsyu00950050314、
2005 年 6 月 9 日